足の神様・仏様

日本全国の足の神様漫遊記

足の神様・仏様  全国一覧リスト  (常時更新中) 

足の神様・仏様  全国一覧リスト  (常時更新中) 
 
 若石(じゃくせき)という、台湾式足もみ健康法を普及しています。全国に「足の神様・仏様」が祀られている神社・仏閣があることを知りました。色々と調べているうちに、実際に行って参拝してみたくなりました。
 そこで、休日や出張の日の早朝を利用して、可能な限り、足に関する神社・仏閣を参拝してきます。このブログでは、その様子と感想を報告しいきたいと思います。

 「古事記」と「日本書紀」では、八百万の神々の漢字表記が違うことがありますが、それぞれの神社で使われている表記に合わせました。
 
【北海道・東北】
 
 金剛力士像(仁王像)の大草鞋が奉納されています。

◆足手荒神神社【秋田県男鹿市】 


羽黒神社福島県福島市】 
 信夫三山暁参りでは、江戸時代から続く、大わらじの奉納がある 

 

 ◆ あらはばき神社【宮城県多賀城市】 - 足の神様・仏様

  古事記日本書紀に記載がない謎多き神様「アラハバキ神」が祀られています。

【関東】
 
  参道を挟んで左右に小石を敷き詰めた健康遊歩道があります。
 
  韋駄天像が祀られています。
 
◆玉姫稲荷神社【東京都台東区】 
 御祭神【須佐之男尊宇迦之御魂大神】 
 毎年春、秋に履き古した靴の供養と健康の祈願する祭典があります 
     http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Renge/5985/index.htm

◆ 世田谷観音【東京都世田谷区】 - 足の神様・仏様

 韋駄天様の像が祀られています。

◆ 延壽寺【東京都台東区】 - 足の神様・仏様

 南北朝時代日蓮宗の僧侶、日荷上人が仁王尊像二体を担いで身延山に奉納したことから健脚の信仰を得るようになった。 

◆ 香取神社(道祖神社)【東京都葛飾区】 - 足の神様・仏様

相殿でお祀りされている岐大神は道案内、「足腰の神様」として崇められています。 

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◆ 稲足神社【東京都あきる野市】 - 足の神様・仏様


 御祭神【面足尊、惶根尊、韋駄天尊神】 
 韋駄天尊神は、健脚健康の神 
  

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二宮神社)【東京都あきる野市】 
 荒波々伎(あらはばき)神を祭った足神様が摂社としてあります。 

◆足尾神社【茨城県石岡市】 
 御祭神【国常立尊、面足尊、惶根尊】 
 醍醐天皇の御足痛が、祈願により全快したという故事 
    http://db.niihari.jp/jinja_view.php?id=8010148 

 
静神社(手接足尾神社)【茨城県那珂市
  末社の手接足尾(てつぎあしお)神社は、手足の神様。
  http://dizzymoon666.blogspot.jp/2013/07/blog-post.html

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 御祭神(猿田彦命)、旅の安全と健脚の祈りが奉げられてきました。 
 
 
◆子神社(子ノ権現様)【群馬県館林市】 
 絵馬の代わりに金属のわらじが奉納される。 
    http://www.k5.dion.ne.jp/~kodo/nezinnzya.html 

◆ 天神社(北野天神社)【神奈川県川崎市】 - 足の神様・仏様

 多摩区の生田緑地の近くにあり、韋駄天尊神を祭る神社です。 
 江戸時代には韋駄天社と呼ばれていたようです
 
 

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 摂社の門客人神社は、以前、荒脛(アラハバキ)社と呼ばれていました。 

 

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全国にある足の神様、子の権現(ねのごんげん)を祭るお寺の総本山です。 



◆ 大國社(与野権現)【埼玉県さいたま市】 - 足の神様・仏様 
 与野公園のすぐ近くにある古墳で「足の神様」の看板が目印。 

 

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境内にある民部稲荷神社が足腰の神様です。


◆ 川越 熊野神社【埼玉県川越市】 - 足の神様・仏様

  足ふみ健康ロードをぜひお試しください。


◆花島観音【千葉県千葉市】 
 真言宗豊山派、花島山天福寺。花見川区にあるお寺。 
 本尊は十一面観音菩薩。山門には、足の健康を願って、多くのわらじが奉納されている。 
http://homepage2.nifty.com/mimi_daikon/hanashima-ennichi.htm
 
 
◆足尾山神社(大前神社の末社)【栃木県真岡市】
 真岡市東郷に鎮座する大前神社の末社です。足の神社というよりは、バイク神社として有名です。
http://www.oosakijinja.com/nirin.html


◆足尾神社(太平山神社の末社)【栃木県栃木市
太平山神社の末社で、日本武尊がお祀りされていて、天狗様といわれて信仰されています。
http://www.ohirasanjinja.rpr.jp


【甲信越

◆ 足長神社・手長神社【長野県諏訪市】 - 足の神様・仏様


 足摩乳命(あしなづちのみこと)が御祭神です。上諏訪茶臼山には、手摩乳命 
 (てなづちのみこと)が御祭神の手長神社があります。 
 
 毎年1月の第2日曜日と月曜日に行われる新春厄除観音大祈願祭では、大草鞋に乗って1年の健脚・無病息災を祈願する。 
 
◆足神様【長野県 下諏訪郡】 
 泰阜村に地元に伝わる伝説 
 昔、当地の殿様が悪政の為、百姓一揆に会い没落。落ち延びた奥方の伝説 
  http://www.vill.yasuoka.nagano.jp/gaiyou/minwa/ashigami.htm 
 
 
【中部・北陸】
 

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伊豆山神社の境内に足立権現社会があります。
 
 

三嶋大社【静岡県三島市】 - 足の神様・仏様

三嶋大社の境内にある神馬舎のご紹介です。

◆三光寺と足地蔵【静岡県 島田市】 
  http://kawasuji-tokaido.com/ooi/1141.html 


◆足神神社【静岡県 浜松市】 
 御祭神 足神霊神 
 北条時頼が足痛を癒したという言い伝えがあります。 
  http://daturyoku.webcrow.jp/sizu/sonota1/asi.html


◆油山寺【静岡県袋井市】 
 医王山薬王院油山寺(ゆざんじ)は、真言宗の古刹。 
 目の神様としても有名、お寺の守護神、軍善坊大権現は、足腰の病に霊験あらたか。 
     http://www2.wbs.ne.jp/~yusanji/ 


◆ 松秀寺【静岡県袋井市

  早朝に参拝すると足が丈夫になると言われています。
  http://hana.web-pallet.com/2431/


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 御祭神【品陀和気命、帯中日子命、息長帯比売命】 
 足を助ける(守る)神として崇敬を集めている 


◆砥鹿神社奥宮【愛知県豊川市】 
 本宮山の山頂の奥宮へ行く途中にある荒羽々気神社は、東海唯一の健歩健脚の守護神。 
 荒羽々気神(あらはばきしん)は、大和朝廷以前の古代信仰といわれる。 
  http://double7ay.at.webry.info/201002/article_1.html
 

◆ 白山宮足王社【愛知県日進市】 - 足の神様・仏様


 御祭神【菊理姫命、伊弉冉尊、大巳貴命 】 
 拝殿の横に足王社の祠があります。御祭神は、足名椎命 


大慈寺三重県伊勢志摩市

牛頭像と韋駄天像は、足病封じ!

http://daijiji.jp/reijyo.html

 
 
◆三方石観音【福井県三方上中郡】 
 御本尊の片手観音は、33年に一度しか拝観できない秘仏。 
 御手足堂には、多くの松葉杖やギブスが奉納されています。 
  http://www.town.fukui-wakasa.lg.jp/kankou/category/page.asp?Cnt=1&Page=38 
  http://www.town.fukui-wakasa.lg.jp/kankou/category/page.asp?Cnt=1&Page=38 
 
  足場の神様 、阿須波神(あすはのかみ)が祀られています。
 
 
【近畿】

◆ 西光寺【滋賀県蒲生郡】 - 足の神様・仏様

 6月の千日会は、わらじを奉納して健康を祈願するお祭り 

◆ 護王神社【京都府下京区】 - 足の神様・仏様

 御祭神【和気清麻呂公命、和気広虫姫命】 
 和気清麻呂公の足萎えが治癒したという由来で足腰の祈願で有名 


下鴨神社京都府左京区】 
 御祭神【賀茂建角身命  玉依媛命 東殿賀茂建角身命】 
 毎年7月末に行われる御手洗祭では、健脚の祈願があります。 
 
 豊臣秀吉のご加護を受けた神社です。
 
 我が故郷の守護神にてございます!
 
 推古天皇の勅願で聖徳太子が創建したと伝えられる古寺。弘法大師空海)ゆかりのお寺です。
 
三室戸寺京都府宇治市】 
 本山修験宗の別格本山、ご本尊は、千手観音菩薩。健脚健康祈願をする人が多い。 
 秋の特別拝観として、毎年11月頃に観音様の足裏が特別拝観できる。 
http://www.mimurotoji.com/ 




◆ 蟹満寺【京都府木津川市】 - 足の神様・仏様
 蟹満寺縁起に蟹の恩返しの逸話が残っています。足腰の病封じのご利益がある。 

 
 
 

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 川辺左大臣藤原魚民公の墓、菅原道真公の霊を合祀 
 8月には、足の守護祈願大祭があります 。


波太神社大阪府阪南市
応神天皇が祀られているので、波太八幡宮ともよばれる。又の名を足神様と呼ばれた神社
http://sazern9.fc2web.com/hunt/hatajinja.html


意賀美神社(堂ヶ谷神社)【大阪府泉佐野市】 
 境内ないにある末社、堂ヶ谷神社は、猿田彦尊を御祭神とし、足の神様として知られている。 
    http://www.ohagi.com/jisha/izumi/ogami.htm 

◆道陸神社【大阪府貝塚市】 
 【御祭神】道陸神 
 もともと、戦国時代に近くにあった蛇谷城内にまつられていたものが、後になって土地の人々により、現在地へ移されたという。蛇谷城の兵士が、湧き出る清水によって足の傷を治したことから、信仰が始まったと言い伝えられている。 
  http://www.jinjacho-osaka.net/m09_05_kaiduka_douroku.html 

◆瑞鹿神社(通称:白鹿神社)【兵庫県丹波市】 
 御祭神【天香具山命】 
 脚を傷めて死んだ白い鹿を祭り、足への御利益があるとされる。 
  http://rekitabi4.blog.fc2.com/blog-entry-437.html
 
 

◆ 薬師寺【奈良県奈良市】 - 足の神様・仏様

 日本最古の仏足石が一般公開されています。
 

◆足守神社(あしがみ)【和歌山県和歌山市】 
 御祭神【足守大明神、宇麻志阿志訶備比古遅神】 
  http://kamnavi.jp/ki/asimori.htm 

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 マラソン野口みずき選手が願掛けをして、金メダルを取ったことで話題。
 
 
【中国・四国】 

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 御祭神【鐸石別命、弟彦王、佐波良命、伎波豆命、宿奈命、乎麻呂命】 
 道鏡事件で左遷された和気清麻呂公の足が治ったことから健脚祈願をする人が多い。 

 

◆ 足王神社【岡山県赤磐市】 - 足の神様・仏様

 御祭神【手名椎、足名椎、大国主命】 
 境内入口には、狛犬の代わりに左右の足があります。 

◆軒戸神社【岡山県津山市】 
足王神社 
  http://www.e-tsuyama.com/report/2011/07/post-184.html 

◆大祭天石門彦神社【岡山県浜田市相生町】 
足王神社 
  http://blogs.yahoo.co.jp/asakasig22ki/31368546.html 

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 御祭神【宇喜田与太郎基家】 
 天正10(1582)年、毛利氏と宇喜多氏の戦い八浜合戦で、脚気を患って捕らえられた宇喜田与太郎基家を祀った神社。 

◆西國寺【広島県尾道市】 
天平年間(729~749)、行基開基と伝わる真言宗名刹。 
   http://www.rurubu.com/sight/detail.aspx?BookID=A4203510 

◆足王神社【鳥取県西伯郡】

◆大祭天石門彦神社【島根県浜田市】 
 境内内の摂社「足王神社」 
  http://hiroshimakagura.at.webry.info/200805/article_7.html 
 
 鎌倉時代の伝説で、六十六箇所に法華経を納めた聖人が北条時政などの前世であるという逸話。
 
 
◆ 砂灸【徳島県徳島市
  砂の上に立ってできた足跡にお灸をすえて無病息災を祈願する。毎年、春分の日秋分の日に実施。 
 
 
  四国八十八箇所霊場 第九番札所
 
 
◆森権平庵【香川県東かがわ市
長宗我部軍との戦で、沼地で足を取られて戦死した若武者の森権平が祀られている。
 
 
◆足王神社【山口県阿東町地福上】
毎年5月には、足王社大祭が催されています。
    http://ato-kankou.org/blog/local-news-552.html
 
 
地元住民からは「足王様」と呼ばれ親しまれています。


【九州・沖縄】

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 和気清麻呂公が猪の助けを借りて、足を治癒したという由来 

◆ 筥崎宮【福岡県福岡市】 - 足の神様・仏様

 足の健康を願ってわらじが奉納されている。例祭の池島殿祭は、毎年6月第4日曜日。 
 
  お飛来様と親しまれるご神体は、子供が大好きといわれています。
 
 

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秋田、福岡、熊本、大分で信仰されている足手荒神
熊本大地震でお社が倒壊しましたが、復興に向けて尽力中です。

 

足王神社【鳥取県西伯郡】

◆ 足王神社の紹介
 今回は、限られた時間での参拝でしたので、本数が少ない路線バスを使うと予定が立たず、レンタカーを借りての参拝となりました。米子市内で車を借りて、目印となる西伯郡南部町の東長田郵便局を目指し、県道35号線を山の中へと入っていきます。

郵便局が見つかったら、その50m程度先にあぜ道のような小さな道があり、その先には、地域の集会所があります。その集会所の裏手の山一体が足王神社の境内になります。神社の入口には、「足王神社入口」という社号がありますので、その先にある小さな坂道を登っていき、山中に入っていきます。暫く登るとけもの道のような道になりますが、左右に分かれる道を右に進んでいくと、鳥居が見えてきます。鳥居をくぐって、しばらく歩くと狛犬があり、その先に小さな祠があります。

山中にひっそりと鎮座するお社で、おそらく、近隣の神社の神職の方が兼任で管理させているのだと思います。参拝する方は、足場が悪いのでスニーカーや運動靴で行かれることをお勧めします。

◆ 足王神社とは
 主に中国地方と九州北部に「足王神社」とか、「足王社」というお社が鎮座しているのですが、神社庁に属していないところが多く、総本社があるのかもよくわかりません。中国地方以西では、愛知県、秋田県に足王社があります。足王神社について詳しい情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、ぜひ、ご教示いただきたいと思います。

◆ 鎮座地
鳥取県西伯郡南部町中






足助八幡宮・足助神社【愛知県豊田市】

◆足助八幡宮・足助神社の紹介

 足助は、「あすけ」と読みます。鎮座しているのは、愛知県豊田市の山の中で、愛知県名古屋市と長野県飯田市を結ぶ飯田街道沿いにあります。名古屋市内から行く場合は、御器所駅、伏見駅、丸の内駅から鶴舞線に乗って豊田方面に向かい、梅坪駅で名鉄三河線に乗りかえます。乗り換えは、同じホームですが、乗ってきた電車と逆の方に向かう電車に乗ります。知立(ちりゅう)行きではなく、猿投(さなげ)行きに乗ってください。

 名鉄三河線の猿投駅で下車したら、路線バスに乗り代え、約40分かかりますが、香嵐渓で下車します。(東岡崎駅から路線バスで約70分という行き方もできます)

 香嵐渓のバス停はちょうど豊田市足助支所の前になりますが、その隣に鎮座しているのが、足助八幡宮と足助神社です。

 

◆足助八幡宮の由緒

 創建は、天武天皇白鳳2年(673)といわれています。古くから足、旅、交通の守護神として信仰されています。『足助八幡宮縁起』には、足を傷めた旅人の手当てを社人がしていると、八幡大神が出現し、数珠に烏の羽を添えて患部をなでると、たちまち足が快癒し、歩くことが出来るようになったと書かれています。毎年3月の第3日曜日には、足の健康を祈願する「除災足まつり神事」が催行されます。境内の社務所では、足のお守りも授与されています。また、境内には、樹齢500年以上はあると思われる「足助八幡宮のスギ」があり、豊田市の指定天然記念物に指定されています。

 

◆足助神社の由来

 足助八幡宮に隣接して鎮座しているのが足助神社です。創建は、明治35年(1902)と比較的新しい神社です。鎌倉時代末期に後醍醐天皇鎌倉幕府倒幕の旗揚げをした際、笠置山に最初に馳せ参じ、籠城軍の総大将を務めた足助次郎重範(あすけじろうしげのり)が祀られています。足助重範は弓の名手として知られ、鎌倉幕府軍と強弓を以って応戦しましたが、笠置山陥落後に捕縛されて、京都六条河原で処刑されました。足助重範が賊軍の将(南朝側)という評価を受けた為、皇室とも縁があった足助氏一族は凋落していきました。明治24年(1891)明治天皇から、正四位を贈られて名誉を回復し、明治26年(1893)には、熱田神宮の摂社の一つを譲り受け、明治35年(1902)に東加茂郡の郡社として足助神社が創建されました。昭和初期には、昭和天皇から、従三位も追贈されて新たな社殿の造営も行われようとしていましたが、敗戦に伴い中断されて、現在の位置である足助八幡宮の隣に遷座しました。

 

遷座

 愛知県豊田市足助町宮ノ後12番地

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足助八幡宮の鳥居

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足助八幡宮の境内

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境内の大草鞋

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足助八幡宮のスギ

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境内にある御足宮

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八幡宮に隣接する足助神社

◆周辺に見どころ

 足助八幡宮、足助神社の周辺は、紅葉の名所「香嵐渓」で、紅葉の季節(11月中旬~下旬)になると日本全国はもちろん、海外からも観光客が足を運びます。足助八幡宮の向かいには観光バスの駐車場やお土産屋さんもあります。コーヒーが飲めるお土産屋さんがあったので立ち寄ったところ、拓殖大学の学生さんがつくったと思われる、東日本大震災の折、台湾の寄付に感謝するPOP表示が飾られていました。

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日本・台湾友好

 

伊豆山神社【静岡県熱海市】

伊豆山神社の紹介

  JRの東海道線熱海駅で下車したら、改札を出て左側にあるバスターミナルからA41,42の七尾原行き、A43の七尾団地行き、A46の伊豆山行き、A47,48 の伊豆山循環線のいずれかに乗り、伊豆山神社前で下車します。

 バス停前の階段を上がっていくと、本殿に到るまでに、祖霊社、足立権現社、結明神社が鎮座しており、階段を上りきると、赤白二龍が施された手水社、社務所、本殿や雷電社があります。本殿の右手には、郷土資料館があり、本殿との間にある鳥居の先の参道を登っていくと、白山社、結明神本社や伊豆山神社の本宮が鎮座しています。白山社まで登れない方の為に、鳥居をくぐった正面には、白山社遥拝所があります。

 

◆ 由緒 
 創建は孝昭天皇の治世といわれ、曾ては伊豆大権現、走湯権現と言われ、全国各地にある伊豆山神社伊豆神社走湯神社などの起源となった総本社格の神社です。平安時代末期には、山岳修験霊場として名を馳せ、熊野信仰とも結びつき、全国に末社が祀られています。同じ時期に伊豆に配流された源頼朝は、北条政子とともに深い信仰を寄せました。
 明治時代の神仏分離令により、伊豆山神社と改称されましたが、その神威は絶えることなく、大正3年には皇太子裕仁親王(後の昭和天皇)が、昭和55年には浩宮徳仁親王殿下(今上天皇)がそれぞれご参拝になられています。

 

◆ 宗派・御本尊など
  正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊
 (まさかあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと)
  拷幡千千姫尊(たくはたちぢひめのみこと)
  瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)
 

◇足の神様とは 

  本殿に到る階段の途中にある足立権現社が足腰の健康を守る神様です。御祭神は、修験道の祖、開山の祖とも仰がれる役小角(えんのおづぬ)です。役小角は、舒明天皇6年(634)に大和の葛城上郡(現・奈良県葛城市)に生まれ、神仏両道を修めた修験者です。文武天皇3年(699)に伊豆大島に流刑となり配流された時、伊豆大権現(現・伊豆山神社)でも修行をしたといわれています。

 運命開拓の神様として伝えられており、古くから足の病に悩む人、足腰の弱い人が祈願したら神護を受けて強足になるという信仰があります。

 

◆ 周辺の見どころ

熱海来宮神社
MOA美術館
伊豆山温泉

 

 

◆住所

静岡県熱海市伊豆山708番地1

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伊豆山神社鳥居

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足立権現社

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足立権現社の説明

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赤白二龍の手洗社

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源頼朝北条政子が腰かけた石

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白山宮遥拝所

 

◇参考資料  

関八州総鎮護 伊豆山神社のWEBサイト

http://izusanjinjya.jp/l

品川神社・猿田彦神社【東京都品川区】

品川神社の紹介
品川神社は、JRの品川駅から京浜急行電鉄に乗り換え、各停で2駅目の新馬場駅北口を出たところにあります。東京十社のひとつに数えられ、同じ地区内になる荏原神社を南の天王社、北品川にある品川神社を北の天王社と称しています。また、東海七福神の1社として、大黒天が祀られており、正面鳥居の横にも大きな大黒さん像がありました。
文治三年(1187)に、源頼朝安房國の洲崎明神である、天比理乃咩命(あめのひりのめのみこと)を当地に勧請して品川大明神と称し、海上交通安全と、祈願成就の守護神としたのが始まりで、元応元年(1319)に当国の守護職二階堂道蘊公が「宇賀之売命(うかのめのみこと)」(お稲荷様)を勧請したり、文明十年(1478)には太田道灌が「素盞鳴尊(すさのおのみこと)」(天王様)を勧請し、江戸時代には、徳川将軍家の厚い庇護を受けました。
摂社・末社には、浅間神社御嶽神社、阿那稲荷神社などが祀られ、足神様として、猿田彦神社も祀られています。
 
 
 
◆足の神様とは 
品川神社の正面鳥居を過ぎると、本殿へと続く石段がありますが、足神様『猿田彦神社』は、その途中の左側にあります。鳥居の右手には、小さな祠があり、そこの石碑には、「足神様 猿田彦神社」と刻まれています。猿田彦命は、瓊瓊杵尊ニニギノミコト)の天孫降臨の際に道案内をされた地祗神(クニツカミ)とされており、旅の安全を祈願される方が多くいらっしゃいます。神社の祠にも健脚を祈願された方がいるのか、わらじが奉納されていました。昔の人は、歩いて旅をしたので、足の神様としても祀られるようになったものと思われます。
祠の左手奥には石段が続き、人造の山となっています。1合目、2合目・・・と石標があります。8合目以降は、急勾配になり、火成岩の山を登る様は、正に富士登山の疑似体験ができます。この山は、品川富士とも呼ばれる富士塚で、明治初期に北品川で富士山を信仰する富士講の人々が造ったものだそうです。この山の山頂から富士山を遙拝でき、今でも7月には、富士山の山開きの行事が行われています。
品川富士の麓に旅の安全を祈願する猿田彦神社があるということも納得できました。昔の人の旅は、健脚ということが大切な条件だったようです。
 
 
品川神社の御祭神
天比理乃命 (あめのひりのめのみこと)
素盞嗚尊 (すさのおのみこと)
宇賀之売命 (うがのめのみこと)
 
 
◇ 祭礼
例大祭     6月7日に近い金~日曜日
 
山開き     7月1日
 
 
◆ 周辺の見どころ
荏原神社(えばらじんじゃ)
子供の森公園
 
 
◆鎮座地
東京都品川区北品川3-7-15
 
 

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品川神社鳥居

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猿田彦神社鳥居

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富士塚登山口

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富士塚中腹


◇参考資料
『諸国放浪記-寺社を巡る旅』
 
 
元記事投稿日 2011年11月2日(水)

ビリケンさん【大阪府大阪市】

ビリケンさんの紹介

大阪の名物といえば、通天閣通天閣の名物といえばビリケンさん。通天閣周辺の商店街のあちこちにビリケンさんのレプリカ像があります。大阪の地下鉄、堺筋線恵美須町駅で下車し、地上に出て、通天閣本通商店街を約100メートルほど歩くと通天閣の入り口にたどり着きます。先ずは、エレベーターで2階に上がり、展望台の入場チケットを買います。(大人600円)。約100mの高さをエレベーターで昇りきると展望台に到着します。ビリケンさんは、エレベーターの裏側にいらっしゃいます。「神様」というには、あまりにも商業化しているかなと感じました。ビリケンさんの前で派手な制服を着たスタッフが数人記念撮影をしていて、映し終わった写真をモニターで確認し、スタッフが声をそろえて「めっちゃええやんっ!」と連呼していました。神様を商業的に利用しているんじゃないか!とも思いましたが、ビリケンさんは、余程寛大な心の持ち主なのか、周辺の商店街や通天閣に、福の神として御利益をもたらされている神さまでもあるので、大阪を象徴する神様らしくていいのかなとも思いました。
 
 
 
 
ビリケンさんとは
 1908年、アメリカの女性芸術家、フローレンス・プリッツの発案と言われています。
彼女が夢の中で見た神様がモデルになっていると言われています。その後、シカゴにあるビリケンカンパニーという会社がビリケンの貯金箱、ビリケン像を発売し、「幸福の神様」として世界中に流行しました。アメリカでビリケンが誕生した翌年の1909年頃、ビリケンは日本に上陸大きな話題を集めます。1911年、大阪の繊維会社「神田屋田村商店」(現在の田村駒)が商標登録を行い、販売促進用品や商品キャラクターとして使用しました。何年かの大流行の後、アメリカではいつの間にか姿を消してしまったのですが、日本ではその後も「幸福の神様」として人気を集めました。
足の裏を撫でれば、願いごとがかなうと言われています。
1912年(明治45年)には、大阪の新世界の遊園地「ルナパーク」(現在の新世界・通天閣一帯にあったテーマパーク)にビリケン堂がオープンします。しかしビリケン像は、ルナパークの閉鎖と共に行方不明になってしまいました。
時は変わって1979年(昭和54年)、通天閣に「通天閣ふれあい広場」を作る際、かって新世界の名物であったビリケンを復活させることになり、1949年(昭和24年)に田村駒が作っていたビリケン像を通天閣に貸し出し、通天閣で盛大なイベントが行われたのです。 またそれをモデルにして作られたのが今の通天閣ビリケンであり、新世界に「お里帰り」したのでした。
 
 
 
◇ アクセス
JR環状線新今宮駅から徒歩10分
地下鉄堺筋線恵美須町駅から徒歩3分
地下鉄御堂筋線動物園前駅から徒歩10分
阪堺電軌阪堺線恵美須町駅から徒歩3分
市バス地下鉄恵美須町から徒歩3分
なんばから無料送迎バス(1時間に約2本)
 
 
◆ 周辺の見どころ
新世界
 
 
◆ 鎮座地
通天閣(大阪)
 
 
 
 
 
 
◇ 参考資料
通天閣公認ビリケン公式サイト
 
元記事投稿日 2011年9月7日(水)

足長神社・手長神社【長野県諏訪市】

◆足長神社の紹介
  中央本線上諏訪駅で下車し、駅前でタクシーに乗車。「四賀町普門寺の足長神社」と運転手さんに告げると、駅から4~5分で到着。鳥居の後ろには、大きさも形もあまり統一されずに配置された石段の参道が車道へと続いていました。運転手さんに「上の道までタクシーで上がりますか?」と聞かれましたが、歩いても上れそうだったのでお断りして、歩いて階段を上がる事にしました。階段の上の車道を渡ると、更に石段の参道が続き、しばらく階段を上ると、広い境内の左手に舞屋(神楽殿)があります。舞屋には、「足長大明神」と書かれた額が掛っています。広い境内の正面に数段の石段が更に続き、その上に拝殿が鎮座しています。そして、拝殿の後方に拝殿と一体化した本殿が鎮座しています。
  地元の方によると、足長神社から少し離れた茶臼山という所に鎮座されている「手長神社」も合わせてお参りすると良いとのこと、早速、足長神社から手長神社へ!
 
 
◆手長神社の紹介
  手長神社に行くには、上諏訪駅前の大通り(国道20号線)を右に歩いていきます。約200メートル歩き、左手の脇道を曲がると、その先に諏訪郵便局があります。郵便局の左側に大きな鳥居(一の鳥居)があり、その奥の石段の参道途中に二の鳥居があり、更に上っていくと車道に出ます。その車道の先に手長神社境内入口にある三の鳥居と手水舎が見えます。その鳥居の先の参道の一段高くなった所に拝殿と本殿が鎮座しています。拝殿の右手には、立派な回廊があり、左手には、摂社の祠が数社祀られています。
 
 
◆足長神社・手長神社について
  足長神社、手長神社は、地元では、足長様・手長様と親しまれているそうですが、ともに鬱蒼とした木々に囲まれ、厳粛な気持ちになれる素晴らしいところでした。平安時代頃までは、桑原村の鎮守として一緒に祀られたいたようですが、鎌倉時代に入り、上桑原と下桑原に分かれることとなり、足長様を上桑原の従来の地に、手長様を下桑原の鎮守様として祀られるようになったとされています。
 
 
◆御祭神
  足長神社  脚摩乳命(あしなづちのみこと)
  手長神社  手摩乳命(てなづちのみこと)
 
 
◇足の神様、手の神様とは
  脚摩乳命・手摩乳命は、国津神(くにつかみ)の大山祇神(おおやまつみのかみ)を父とする夫婦神と言われています。
  素戔嗚尊(すさのおのみこと)が高天原を追放され、出雲に降り立った時に、老夫婦が泣いているので訳を聞くと、この夫婦には、8人の娘がいるが、ことごとく大蛇にさらわれ、最後に残った奇稲田姫(くしなだひめ)も時間の問題だとの話を聞きました。この夫婦は、娘の手を撫で、足を撫でて大事に養育してきたといいます。この時に素戔嗚尊が出会った老夫婦が脚摩乳命、手摩乳命と言われています。
  大蛇を退治した素戔嗚尊は、奇稲田姫を娶ります。そして、この夫婦の御子として大国主神(おおくにぬしのみこと)が生まれました。(古事記の表記では、6代目の子孫として生まれたとされる)
  古事記の表記によれば、大国主命は、高天原から派遣された建御雷之男神(たけみかづちのおのかみ)から国譲りの話を持ちかけられた際、息子たちに相談したところ、力自慢の建御名方神(たけみなかたのかみ)だけが承服せず抵抗したとあります。建御名方神は、最後まで抵抗し続けましたが、最終的に諏訪まで追い詰められて、諏訪の地に留まることを条件に降伏したと言われています。この建御名方神諏訪大明神、お諏訪様と呼びならわされるようになったとされています。
 
 記・紀の言い伝えとは別に、足長神・手長神は、諏訪大明神の入諏以前から桑原村で信仰のあった産土神であるとする説もあるそうです。
 
 
◆鎮座地
足長神社 長野県諏訪市四賀足長山5386
 
 
 
 
 
  
手長神社 長野県諏訪市茶臼山9556
 
 
 
 
 
  
◇参考資料
  日本の神々の事典  エソテリカ事典シリーズ2  学研
  玄松子の記憶  http://www.genbu.net/
 
元記事投稿日7月12日(火)

西光寺【滋賀県蒲生郡】

◆西光寺跡・仁王尊堂の紹介

西光寺跡・仁王尊堂は、滋賀県蒲生郡竜王町にあります。JR東海道本線篠原駅が最寄り駅です。駅からは、車で5分程で、中山道(国道8号線)沿いにある道の駅「竜王かがみの里」の駐車場横のわき道を突き当って右側にあります。駐車場からは、歩いてすぐなので、車で行かれる方は、道の駅の駐車場に車を止めてから、徒歩で行かれることをお勧めします。緩やかな坂を上ると、8畳敷きほどの畳の部屋の建物があり、中には、仁王堂と書かれた提灯が掛っていました。その奥に仁王尊堂があります。仁王尊堂の右手には、祈願された方が奉納されたと思われるわらじが沢山掛っていました。仁王尊堂左手の坂道をさらに上がっていくと、西光寺の名残をとどめる宝篋印塔や西光寺の鎮守であった八柱神社の石灯籠等があります。
 
◆足の神様とは
 
仁王尊堂は、西光寺跡地にあり、石の仁王尊が祀られています。古くから足の病を癒してくださるという言い伝えがあり、信仰されています。毎年六月末の土日には、千日会(せんにちえ)が催され、わらじをお供えする風習があり、今でも参拝者が絶えません。 
 
◇ 西光寺について
西光寺は、818年、伝教大師最澄)が夢のお告げにより、建立されたと言われています。鏡山十二峰の一つ、星ヶ峰の麓に位置し、最盛期には、僧坊300坊を超えるほどの寺勢を誇り、源頼朝足利尊氏も立ち寄ったという記録があるそうです。西光寺は、何度かの火災に遭い、その度に再興されてきましたが、織田信長の兵火により、廃寺となりました。その名残として現存する宝篋印塔や石灯籠は、重要文化財に指定されています。 
 
 
 

◆ 周辺の見どころ

 
鏡神社
苗村神社
平家終焉の地(平宗盛・清宗の胴塚) 

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西光寺入口

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西光寺草鞋奉納

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西光寺本堂

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西光寺内部

◆場所
 
 

◇参考資料

 
元記事投稿日 2011年2月28日(月)