足の神様・仏様

日本全国の足の神様漫遊記

真言宗豊山派 百々山 東明院 善楽寺【高知県高知市】

善楽寺の行き方
  高知駅から土佐線で土佐一宮駅で下車して、駅前の道をまっすぐ歩いて約20分の所です。土佐一宮神社に隣接したところにあります。バスで行く場合は、高知駅から乗車し、一宮神社前で下車して、徒歩3分の所です。
  車で参詣する場合は、高知インターを降りたら、県道384号線に向かい、交差点を左折して約1㎞進み、土佐神社前の交差点を左折します。すると右手に土佐神社の駐車場が見えますが、その駐車場を突き抜けたところにお寺があります。寺院の敷地内にお寺の駐車場があります。
  

善楽寺のご紹介
  四国八十八箇所霊場の第三十番札所になります。大同五年(810年)弘法大師空海が高鴨神社(今の土佐一宮神社)の別当として創建したと言われています。平安時代初期に弘法大師がご巡錫の際、北部一帯の渓谷が百谷あれば、入定の地としようと検分されたところ、九十九谷しかなかったので、この地に開山されて一谷を補い、山号を百々山(どどざん)と名付けられ、四国三〇番札所とお定めになりました。
 その後、応仁年間に一度消失しましたが、再興されて長宗我部氏や山内公の帰依も受け保護されてきました。しかし、明治期に廃仏毀釈の嵐が吹き荒れると、大師像は隣の南国市に移送され、御本尊の阿弥陀如来像は、近隣の安楽寺に納まり、廃寺となりました。明治9年(1876年)、神仏分離のあおりを受けて善楽寺と同様に廃寺になっっていた安楽寺が再興されたので、再興の見込みが立たない善楽寺の代わりに、公の許可を得て安楽寺が三〇番札所となりました。
 昭和5年(1930年)に埼玉県の与野町(現:埼玉県さいたま市中央区)にあった東明院を旧善楽寺の敷地に移して、南国市に移設されていた大師像を戻すことにより善楽寺はやっと再興を成し遂げました。再興を果たした善楽寺も四国八十八番霊場の30番札所を名乗ったため、一時期は、30番札所が2か所存在することとなり、「お遍路迷わせの30番」と言われるようになりました。平成6年(1994年)この問題は、善楽寺にご本尊の阿弥陀如来像を戻して30番札所とし、安楽寺はその奥の院という形で決着し、現在に至っています。

◆仏足跡のご案内
  本堂の左手に仏足跡が設置されたのは、平成になってからですが、この仏足跡のもとになった左足の模様は、インドグプタ朝5世紀の作で最も古い仏足跡の模刻です。この仏足跡を合掌し、礼拝した手で身体の悪い箇所を撫でると、罪障を滅し、所願を成就するといわれています。
 
 
◆御本尊

文化財や見どころ
木造薬師如来像・観音菩薩像(本堂)
修行大師像(厄除け大師)(大師堂)
十一面観音石造
梅見地蔵   首より上の病や悩みに御利益があります。
子安地蔵堂  安産や子宝を祈願する方がお参りされます。
地蔵堂     平成17人に改築された新しいお堂です。
取水場     重い手水鉢を邪気鬼が支えています。   など

 
◆住所
  高知県高知市一宮しなね1-23-11 
  
 

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◆参考資料
  善楽寺公式WEB

  京都の御朱印もらい隊